西の魔女はスピリチュアリスト

今更ながら「西の魔女が死んだ」の映画を観て、改めてなんてスピリチュアリティの高い作品なんだろう、と原作を引っ張り出して読みなおしてみました。

物語の随所に素晴らしい霊的真理に基づいたやり取りがあるのですが、中でも

「魂は身体を持つことによってしか物事を体験できなしし、体験によってしか魂は成長できない」
というおばあちゃんに対して
「魂の成長なんてしなくたっていいじゃないか」
という孫娘におばあちゃんが諭す箇所が素晴らしいです。

「でも、それが魂の本質なんですから、仕方がないのです。
春になったら種から芽が出るように、それが光に向かって伸びていくように、魂は成長したがっているのです」


とこの後も、素敵なお話が続くのですが、大切なことは
「意志の力、自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力」
とも言っています。
つまり大事なことは人を否定することでもなく、いわゆる常識を押し付けるでもなく
自分を持つこと=責任主体。

勉強的にではなく、感覚としてスピリチュアリズムの入口を覗くことのできる作品です。ご興味のある方はお読みになってみてくださいね。

それにしても、この映画、サチ・パーカーさんの演技と豊かで美しい自然、インテリア、雑貨、食器に至るまでは完璧といっていいくらい原作通りです。
ワイルドストロベリーのジャムや、庭のハーブ、ライフスタイル、すべてが私のなりたい自分と一緒で、自分がいかにオールドファッションなのかも実感しました(笑)
(でも喫煙だけはイタダケマセン!)

余談ですがこのサチ・パーカーさん、あの大女優シャーリー・マクレーンさんの娘さんなのですが、本名はサチコさんとおっしゃってなんとあの「小森のおばちゃま」が命名されたとか。
まだ51歳とお若いのですが、おばあちゃん役が驚くくらい原作のイメージ通りで、つくづく日本にご縁のある方だったのだな、と思いました。


自己犠牲と自己実現

このところ、ぐっと来る映画がなく、コメントするまでもないものが多かったのですが、先月クリント・イーストウッド主演・監督の「GRAN TORINO」を観ましたが、これはよかったです。
以下、「ネタばれ」していますので、ご注意くださいませ。

正しいことをしていればいつか必ず報われる、
それがままならない現世だからこそ、自分はどうすればいいのか、
そしていろいろな人間がいるからこそ、自分の常識は通用しないこと、
では、その中で自分はどう生きていけばいいのか、等々、観る人の心持ちでいかようにもとらえられる素晴らしいストーリー展開でした。

また、人の心はやはり見えないからこそ、それを表現する「言葉」が大事。
これも強く感じる映画でした。
そして、自分らしく生きる、とは。
残された者にとっては自己犠牲であっても、主人公にとっては自己実現であったように思え、ある意味こういった形でしかできないこともあるのだ、という学びになりました。

そしてこれは映画だけでなく、すべての人に共通することなのですが、
亡くなった人のことを想う時、どうしてあげればよかったんだろうか、悔いが残る、などとよく言いますが、実はあちらの世界から見ている故人としては、残された人たちの考え、思いこそが自分の考えていることなのだ、と思っていることはほぼです。
思い嘆くのではなくて、自分が自分らしく生きていくこと、それが本当の供養にもなりますね。

話は映画に戻りますが、「グラン・トリノ」という名車が後世まで残るように、人の気持ちも残っていく、と思いたい作品でした。 

The Dark Knight

ここにきてようやく毎日の生活パターンが安定してきたので、やっとやっと観にいけました。
クリストファー・ノーラン監督のバットマンシリーズの2作目「The Dark Knight」です。
前作の「BATMAN BEGINS」がかなり良く出来ていたので、こちらの前評判もかなり好評でしたが、正直、参りました。はるかにそのレベルを超えていたからです。

作品は約2時間半という長編大作。
とはいえ時間を感じさせない俳優陣の素晴らしい演技力、そして見るものを引きこむ映像、そして魅力ある脚本。どれをとってもかなりのレベルです。
正直私はアメリカンコミックには全く興味がなく、知識ゼロなのですが、これは見る価値ありです。前作から引き続き見ることをお勧めします!

以下ネタバレですが、内容が素晴らしいのです。
大切な人を殺されて、小我によって復讐の悪魔と化したトゥー・フェイスになってしまったホワイトナイトと呼ばれた正義の検事。
反対に大我によってあくまでもダークナイトとしてヒーローとなることではなく、ゴッサム・シティを守るバットマン。
そしてそのどちらでもなく、性悪説を信じ、人の心の暗い部分を引き出すことにのみ喜びを見出すジョーカー。

このバランスはまさに現世の状況そのものと思いました。
誰もの心の中にこの3人が住んでいて、そのバランスが変わるたびに自分は何者にもなる可能性があると思わずにはいられない、観る人の経験や感性によって何通りもの捉え方のできるもの凄い作品です。

こういった内容の映画が評価される=求められる、ということは何だかうれしい気がしました。やはり多くの人が自分の中にある「神我」を感じることができるからです。
機会があれば前作と合わせてご覧になっていかがでしょうか。

事実は小説より・・・。

この作品もまた公開時に見損ない、WOWOWで流されたものをHDに落としておいた作品、『Kinky Boots』
イギリス映画は大抵面白いのと(主観ですが)実話を元に作られているだけに、これははずせない、と期待して観ました。

倒産寸前の伝統的な高級紳士靴の工場を引き継いだ主人公が、ドラッグクィーンと出会い、
彼女?!達向けのブーツを作る話なのですが、
自分を受け入れることの大切さや、偏見を捨てること、そしてみんな弱いながらに一生懸命に生きていく姿、などがとても上手く表現されていて、想像通りのストーリー展開とはいえ、期待以上にいい映画でした。

特に工場経営が思い通りにいかない主人公に、
人が何を成し得たかは、ほかの人の心に何を残したかで測るべきよ
という女性工員の台詞にはぐっと来ました〜。
どんなときも自分の身ばかり案ずるのではなく、人の心に光をさすような、そんな美しい言葉を言霊を持って発していきたいものです。

まだHDの中で眠っている作品がたくさんあるので、時間を見つけてみようと思います♪

BOBBY


同時上映の「THE QUEEN」をなんとなく観たくて行った映画館で、同時上映だった「BOBBY」。どんな映画なのかまったく予備知識がなく観たのですが、参りました。
なんて奥が深くて世界の「今」に必要なメッセージが詰まっていることか!!
ストーリーとしては、BOBBYの愛称で「キング牧師亡き後、唯一の希望の星」とまでいわれたロバート・F・ケネディの暗殺事件を題材にしたものなのですが、これはすごいです。
いろいろ語るよりも彼の最後の演説内容をご紹介したほうが話が早いので、かなり長文ですが、是非お読みいただければと思います。


今日は政治を語ることはしません。
この機会にぜひ伝えたいことを簡単にお話します。
アメリカでの少なくない暴力について。
暴力は国の名誉を汚し、人々の命を奪います。
それは人種に関係ありません。
暴力の犠牲者は、黒人、白人、富者、貧者、若者、老人、有名、無名。
何よりもまず、彼らは人間だということ、誰かに愛され、必要とされた人間なのです。
誰であろうと、どこで暮らそうと、どんな言葉であろうと、犠牲者となりえます。
無差別な残虐行為に苦しむのです。
それなのに、今なお、暴力は私たちのこの国で続いています。
なぜでしょう?
暴力は何を成し遂げたでしょう。
何を創り出したでしょう。
アメリカ人の命が、別のアメリカ人により不必要に奪われる。
それが法の名の下であろうと、法に背くものであろうと、
一人、または集団によって、
冷酷に計画して、または激情にかられて、
暴力的攻撃によって、または応酬によって、
一人の人間が苦労して、自分や子供のために織り上げた生活や人生を、暴力で引き裂く。暴力はすなわち、国家の品位を貶めることです。
それなのに、私たちは暴力の増長を容認する。
暴力は私たちの人間性や、文明社会を無視しているのに。
私たちは力を誇る者や、力を行使する者を、容易に賛美する。
自分の人生を築くためなら他者の夢さえ打ち砕く者を、私たちはあまりに容易に許してしまう。
でもこれだけは確かです。
暴力は暴力を生み、制圧は報復を生みます。
社会全体を浄化することによってしか、私たちの心から病巣を取り除けません。
あなたが誰かに、人を憎み恐れると教えたり、
その肌の色や信仰や考え方や行動によって劣っていると教えたり、
あなたと異なる者があなたの自由を侵害し、仕事を奪い、加須s区を脅かすと教えれば、
あなたもまた、他者に対して、同胞ではなく敵として映るのです。
強調ではなく、力によって征服し、従属させ、支配すべき相手として。
やがて私たちは同胞をよそ者として見るようになる。
同じ場所にいながら共同体を分かち合わぬもの、
同じ場所に暮らしながら同じ目標を持たぬものとして。
共通するものは、恐れとお互いから遠ざかりたいという願望、
考え方の違いを武力で解決しようという衝動だけ。

地上で私たちの人生はあまりに短く、なすべき仕事はあまりに多いのです。
これ以上、暴力を私たちの国でははびこらせないために。
暴力は政策や決議では追放できません。
私たちが一瞬でも思い出すことが大切なのです、
ともに暮らす人々は、皆、同胞であることを。
彼らは私たちを同じように短い人生を生き、
与えられた命を、私たちと同じように最後まで生き抜きたいと願っているのです。
目的を持ち、幸せに満ち足りた、達成感のある人生を送ろうと。
共通の運命を生きる絆は必ずや、
共通の目的をもつ絆は必ずや、
私たちに何かを教えてくれるはずです。
必ずや、私たちは学ぶでしょう。
周りの人々を仲間として見るようになるはずです。
そして努力し始めるでしょう。
お互いへの敵意をなくし、
お互いの心の中で、
再び同胞となるために。

ロバート・F・ケネディ


この演説から約40年たっても今のアメリカにいえる事です。またアメリカだけでなく世界に向けてのメッセージにも私は感じました。
フジコ・へミングもことを言っていましたね。
今こそひとりひとりの心にこの言葉が届き、実践できる明日が来ることを望んでやみません。

ほっと一息つきたいときに見る映画


おらが街の「目黒シネマ」で見逃してしまってずっと後悔していた映画、「かもめ食堂」を先日やっと観ました。
私はよっぽど惹かれないと邦画は観ないのですが、こちらはオールフィンランドロケ、そして話題づくりを出演者に頼らず実力派女優でまとめているというところが相当気になっていました。
作品は家具や食器、キッチンリネン等、北欧マニアの私にはたまらない魅力満載。
イッタラの食器も惜しげもなく使い、出演者さんのファッションも言うことなし。
一つ一つのカットの色や小物がこだわっていて、お気に入りの雑貨屋さんにいるような感覚で観れました。スタイリストとフードコーディネーターが作ったおしゃれな北欧雑貨カタログのような作品です。これは食堂の小物のこだわりを観てすぐに女性監督だな、と分かります。
前置きはこれくらいにして、内容はいたって淡々。おまけに現実離れしている箇所も多く、ある種ファンタジーとして観ないといけないのですが、異国で生活していくうえでは否定するのではなく、受け入れることに意味があるということを台詞でなく主人公の生き方から読み取れたり、なかなかいいのです。
また、
「やりたいことをやれていていいわね。」「やりたくないことをやってないだけです。」
「でもずっとおなじではいられないものですよね。人は皆変わっていくものですから。」

なんて、このあたりの台詞はたまらなく好きです。
特別なことなんてなくても、今を生き抜いていればそれが未来につながっていく、前向きな心持にぐっと引き込まれました。

なんだかほっと一息、ゆったりとした気持ちになれる貴重な作品です。

LA TRAVERSEE DU TEMPS

今日はただのヲタネタです。(爆)
何時いってもレンタルの棚に何十枚もあるDVDケースが空っぽだったアニメ「時をかける少女」。偶然にもつい先日地上波でも放映されたそうですが(苦笑)やっと借りて観ることができました。

面白いことに、作品中にはン十年前に原田知世ちゃん主演でつくられた「時をかける少女」の作品中で演じた「芳山和子」が今回のヒロイン真琴の叔母としてでているのです。
その和子は未だ深町君を思いつづけている、という設定が昭和世代の我々にはたまらないのですが、残念なことに声は知世ちゃんじゃないのですよね〜。

話の展開はさておき、この作品、夏の空や入道雲、強い日差し、そしてこの頃しか感じることのできない感情に任せて突っ走ったり、そして失敗して、泣いて、それでもまた起き上がって歩きはじめて、今という時間が永遠に続くような、怖いものが何もないそんな誰もが通り過ぎる大人でもなく、子供でもない未熟だけれども一番輝いているひと時を抜き出したような作品です。

観ていて自分も確かに通ったのだけれども、もう振り返ることがなくなった青春の1コマを疑似体験できるようなすがすがしく、見終わった後の爽快感と胸を締め付けるような切なさはなんともいえません。
今を生き抜き、それがつながり未来になる。でもそれは誰にもとめることはできない。
あの時自分の気持ちを伝えておけば、あの時こうしていたら・・・観る人の心にしまわれた「あの時」を思い出しながらいろいろなメッセージを感じ取れる作品です。

そういえば、この映画の監督細田守氏はLouis Vuittonが村上隆氏とコラボした際に(LVパンダの素敵な作品です)プロモアニメの監督をされていた方です。
実はワタクシ、このヴィトンの"Superflat Monogram"も大好きで、
こじつけっぽいのですが、現実世界に引き戻されたなんともいえない寂寥感が両作品共通しているのかな、と思います。そしてこの感じがたまらなくすきなのです。
なんだかもう二度とは戻らない大切な何か、それは人それぞれ違うのだけれども、その「何か」を思い起こすことができるせつなさというかがたまりません。

画像は今月4日に公開されたフランス判のポスター。
フランス字幕版観たいです〜♪。

映画三昧 3

映画三昧最終日?!はつい最近WOWOWハイビジョン一挙放送でまた全シリーズ観てしまいました「Star Wars」6作品。
その中でも、「Star Wars Episode III - Revenge of the Sith」の中でジェダイマスターヨーダの言葉はとても霊的真理に適っていて、やはりヨーダはある意味スピリチュアリストであって、ジェダイの根本思想自体が霊的真理なのね・・・と思いました。(かな〜り主観ですが)
それは、

死は生きることの一部だ
フォースに姿を変える者を喜んで送り出せ
嘆き悲しんではならん
深い執着は嫉妬を生み
欲望の影が忍び寄る
自らの心を鍛えて
失うことへの恐れを捨てるのだ

まさに人は死して死なず、フォース(たましい)は永遠で、物、人、全てにおいて失うことへの恐れからの開放が本当の幸せ。
常にジェダイが「フォースとともに」というのもとても理解できます。
とはいえ、理屈では理解できますが、これをなかなか割り切れず実践できないのが人間。
ですからアナキンのようにダークサイドに陥ってしまうのですが。。。
それは、物質世界である現世で生きる最大の難関でもあります。
まさに生きること=修行です。

*このほかにも多数素敵な作品があるのですが、折に触れてお話していけたら、と思います。

映画三昧 2

映画のチラシを見たとたんに、これは観たい!!と思った映画「The Devil Wears Prada」。
一流ファッション誌「RUNWAY」のカリスマ編集長ミランダ(メリル・ストリープ)のアシスタントにジャーナリスト希望のファッションには全く興味のないダサダサ新卒アンドレア・サックス(アン・ハサウェイ)が採用され、自分の本来の目的のジャーナリストになるための足がかりとして、編集長の出す無理難題を全力投球で受け止め処理しつつも自分の夢に向かっていくお話。
勿論恋愛、友情も絡んでなかなか面白い作品でした。
(実際にこのお話の作者ローレン・ワイズバーガーが「ヴォーグ」で編集長アシスタントをしていた経歴を持っていて、そのときの経験を元に書いたとも言われています。)

何を隠そう、私もウン十年前(爆)は競争激しいファッション業界にいて流行り廃りのなかで生きていたので、いろんなことが実体験と重なり「うんうん」とうなづきながら観てしまいました。
特に自分とダブったのは明らかに上司の個人的な用事であったり、わがままであっても
鶴の一声のように従わなければならず、休憩時間なしや15日連続出勤など今思えばありえないような状況で頑張っていたこと、
不定期な休みのせいでなかなか友達と逢えなかったこと、
休日に休みが取れず、仕事が終わったら一緒に夕食をしようといって(といっても終わるの21時過ぎですよ〜涙)親が東京まで会いに来てくれたときに、夜まで自分の家で待っているように頼み、朝東京に着いた親に逢うとせつなくなるので、駐車場に車を止めている彼らの姿を横目に見つつ涙ぐみながら出勤したこと、
などなどなどを思い出しました。
今思うとおかしいと思うことだらけなのですが(苦笑)

とはいえこの編集長のように本当に仕事のできる人の下にいて苦労するのと、私のように微妙〜な場所で理不尽な目にあうのはどうも結果に大きな差が生じますが(爆)何せ自分を見失わずにしっかり地に足をつけて生きていくことの大切さを何よりも感じました。
そして自分は生きていく中で何を一番大切にしたいのか、ということも再確認できます。

それにしても次々とでてくる衣装や靴、バッグの素晴らしさと、ワクワク感、これを観るだけでも幸せな気分になります。
そしてメリルストリープの美しいことったら。
彼女がいるだけで画面が引き締まり、語らずともその役柄の生き方、考え方などまで見ている側に感じ取らせる演技力。
本物は違います。知的で素敵!!

映画三昧 1

このところみたかった映画をやっと観ることができて、これまたなかなか良いものだったので、1本づつコメントをかこうかな、と思っています。忘れてしまうといけないので、3日連続してかけるといいのですが・・・。
今回は「Little Miss Sunshine」(ネタバレしてます)
先日、アカデミー賞助演女優部門にノミネートされたあの眼鏡っ子ちゃん(アビゲイル・ブレスリン)の映画です。
話としては子供のミスコンの決勝戦に出場するために家族総出でアリゾナからカリフォルニアまでワーゲンのポンコツミニバスで出かける間にいろいろな出来事があり、ばらばらだった家族がひとつになっていく、というちょっと話の展開に無理があるよな〜とも思える作品なのですが・・・。

祖父(父親の父)はヘロイン常用のせいで老人ホームを追い出されたポルノ雑誌大好きの快楽主義の頑固者。
父親は人生勝ち組にならなければ意味がない、勝たなければ意味がないと理想論だけ並べ、自己啓発暗示から抜け出せず、自らが作った自己啓発システムを売り込み出版しようとするが、叶わず現実が見えていない困ったちゃん。
母親は煙草をやめられず隠れて吸い、料理は毎日ファーストフードのチキンのセットというお粗末振り。
兄はニーチェ信者で人を嫌い、パイロットになるまで誰とも口を利かないと誓い、筆談を続けたものの、色覚異常が発覚。
そしてヒロインの子供はミスコン優勝を夢見る田舎っ子。
という個性豊かでなおかつ皆何か欠点があって、等身大で生きている、という設定。なかなか興味深い台詞や、味わい深い場面もありました。

特に、「常に勝ち組になれ、勝たなければ意味がない」を口にする父親のせいで、
絶対に優勝しなきゃいけない、勝たない子は父親に嫌われるから出場が怖い、と言い出した孫に、祖父が
「本当の負け犬は勝負を挑まない者のことを言うんだ!」
といった箇所などはさすが年の功、いいことおっしゃるわ!!とにんまりしました。

その他にも思い通りいいかないことばかりで、人間生きていくことは楽じゃない、人生はハードだからこそ常に挑戦しつつ、失敗があっても支えあって生きることに意味があるのだ、というメッセージを強く感じました。
いろいろあるからこそ絆が深まるり、知ることができます。
かっこつけない等身大の生き方とは、と考えさせられました。

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