以前、秋田の動物園の骨折したキリンの子供に世界初の試みで義足の手術をしたというニュースを目にしたことがありました。
残念ながらそのキリンは赤ちゃんキリンでありながら、5回にも及ぶ義足の手術の甲斐なく亡くなってしまいましたが、このエピソードは「いのちの尊さ」のようなことをうたい、本にもなっているので、ご存知の方も多いかと思います。
そのキリンのエピソードに元に国営放送局がドラマを制作。
そのドラマ撮影に出演させられたのは、義足のキリンと同じ秋田の動物園で飼育されていた親子キリン。
その親子がドラマ撮影後に相次いで急死したというニュースを今日目にしました。
別の動物園の飼育員によるとキリンはとても臆病な動物ということ。
5ヶ月の赤ちゃんキリンと母親キリンはこのドラマ撮影のために初めて引き離されたということです。
私はキリンの知識は無いので、この撮影のストレスがキリンのいのちを奪うことになったかどうかは正直判断できません。
だけれどもひとつだけ疑問に思うことがありました。
この秋田の動物園です。
実は義足になった赤ちゃんキリンは運動中にシマウマにぶつかり骨折したのです。
今回の撮影も許可を出す前に、キリンの生態に詳しい飼育係に打診があったはず、です。
憶測で物を言ってはいけませんが、素人の私の考えとしては、動物園職員、飼育員が気をつけていればどちらも起こらなかったのではないか、と思うのですね。
手術を乗り越え生きることの尊さを教えてくれたキリンのエピソードに酔いしれるのではなく、まず何でそんな事故を起こしてしまったのか、原因の追究、是正。プラス、キリンの生態をきちんと把握する、等々、管理体制をまず作るべきなのではないかな、なんて基本中の基本の部分が気になりました。(対策を立てていたのかも知れませんが、今日のニュースを知る限り、微妙かと・・・)
動物はものが言えないだけに、人間が深く深くその生態に加え、個体の性格等理解することが飼育の第一条件です。
親子キリンが気の毒でなりません。
私たちの身の回りの出来事も同じです。
かわいそう、というのは簡単。がんばれ、と応援するのも簡単。
なぜそうなってしまったのか、この根っこの部分を解決しない限り、苦しみ、悲しみは決して終わらないのです。他人事ではありません。すべては自分のことなのです。