先日たった1泊2日でしたが帰省して思ったこと。
それは、両親がが思った以上に若々しく、母にいたってはお肌ツルツルで娘の私のほうが肌荒れが気になったことでした。
なんだか若返っている両親を見るのは嬉しく、幸せなのだな、と思わずにはいられません。
親孝行に限らず人を幸せにしたければまず自分が幸せになること。自分が幸せになるには人を幸せにすること。この仕組みは絶対です。
子供が不幸であったら、親は心配の種がつきません。また親が不幸であったら子供も気が気ではないでしょう。
これは親子関係に限らず、広くはこの現世に生きる全ての人との関係でもあります。
もっとすごいことにこれは現世と霊界との関係でもあるのです。
つまり、自分より先に亡くなった方に対してできることは心配させないこと。
残された人間がこちら(現世)のことはご心配なく、自分たちは頑張って今生を生き抜いて行きますから、またそちらでお会いする時まで。と気持ちを伝えることです。
ですから、何時までも嘆き悲しんだり、生きる希望をなくしたり、というのは本当のところ浄化の妨げになるのです。
誰でも泣いてすがる人を無視して通り過ぎることができないのと一緒です。
ましてや大切な人となると放っておけるはずがないです。
ですから、本当に相手の幸せを祈るなら、自分もしっかりと地に足をつけて生き抜くことが何よりもの供養になるのです。
なかなか理屈で分かっていても実際に大切な人を失うと気持ちがついていかないものですが、
そんな時はこの話を思い出していただけると嬉しいです。
自分の身近な人をみて、幸せそうなら自分も幸せなはず。
実はその幸せを当たり前のこととして気づかないだけかもしれません。
自分にできることは日々生かされていることに幸せを感じていくこと。