良い縁を築くために

早いものであっという間に今年も後半。
今回のコロナ禍で生活に対する意識も変わり、この秋から新しい試みを始められる方も少なくないのではないでしょうか。

 

新たな環境で多くの人が不安を感じたり悩むのは、いつの時代も人間関係ですが、霊的真理を理解することで、自分でコントロールをすることができます。

 

環境を変えることで起こるのが新たな「出会い」。
「出会い」は「宿命」なのでどんな人と出会うかはこの世に生まれた意味そのもの、「課題」ですので変えられませんが、そこから生まれる関係から何を得て、どう活かし、広げていくかは「運命」です。

 

実際に「苦手なタイプと思っていた人といろいろ話してみたら、とても学ぶことが多い素敵な人だった」ということがありますね。もちろんこの逆もありです。

 

人は誰でも良いところと悪いところがあり、どちらの部分を相手から引き出せるかは相手ではなく自分次第であり、これこそが自分を成長させてくれます。

 

現世ではあらかじめ決められた定めのようなものはありあません。
「運命」は自分の想い、言葉。行動次第で良くも悪くもなります。

 

自分の「宿命」を知り、「運命」を切り開いていければ怖いものはありません。
自信をもって新たなスタートを切りましょう。


朔日参りは氏神様へ

厳しい残暑が続きますが、いよいよ明日からは9月。暦の上では秋ですね。

 

月が替わるとまた新たな気持ちになります。

月の初めに氏神様へお参り(「朔日参り」・ついたちまいり)していますよ、という方もいらっしゃるかと思います。

 

この朔日参りですが「商売繁盛のために」や「ご利益目当てで願をかけに行く」という利己的な目的ではなく、ひと月無事に過ごせたことへの感謝と、新しい月の無事を祈ったり、決意をお伝えすることに本来の意味があります。

 

氏神様はこの地域に住まわせていただいている人間にとっては大家さんのようなもの。
ひと月のお礼と報告をすることをきっかけに関係を深めてくことは、人間関係でも全く同じことが言えます。

 

自分が困ったときだけやってきたり、感謝の気持ちを忘れ、不義理をしているといずれ関係も薄れていってしまいます。

 

大きなお宮に行き、浄化のパワーを感じることも素晴らしい経験ですが、まずは日ごろからお世話になっている氏神様と良い関係を築きたいですね。

 

こういったことを知っていれば、伊勢神宮など大きなお宮に詣でる前に、自分の出生の土地の産土神社にご挨拶し、次に今住んでいる地域の氏神様にご挨拶し、それからお伊勢さんに、という流れも理解できますね。

 

神社の参拝もただ順序通りに行うだけではなく、祀られている神様の特徴を知ることでより深く願いをお伝えできそうですね。


想いの力

今年は東京からの墓参りは阻かられることもあり、初めて義父の墓に出向くことのないお盆でした。

 

巷ではオンラインでの「リモート代行墓参り」の依頼が相次ぐなど、コロナ禍ならではの新たな供養のかたちが話題になりました。

 

「墓参りに行かないなんてとんでもない。リモートでもなんでもやったほうがいい。」

「オンラインで墓参りなんてご先祖や故人に失礼だ。」

「体の不自由な人や海外に住んでいる人にはとても良いサービスだ。」

 

などなど賛否両論だったようですが、いつもお伝えしている通り、大事なのはその行動の「動機」です。

 

墓参りに行っても、単なる習慣や世間体で心がこもっていなければ意味がありません。

リモートでもご先祖や故人への思いからでなく「やらないとバチが当たりそう」など、とりあえずやっておけば大丈夫、と自分が安心したいだけの場合も同様です。

 

私たちが生きている「この世」と異なり、「あの世」、つまり死後の世界には時間も空間も関係ありません。

そのためお墓まで行かなくても感謝の気持ちや日頃の報告など、先祖や故人を偲ぶ「思念」が相手に伝わります。

実際に出向いても、リモートなどの代行でも、自宅から想うだけでも、受け取る側にとっては墓参りしたことになるのです。

 

世間体や慣習、人の意見に惑わされず、自分が故人ならどんな気持ちで思いを馳せてもらったら嬉しいか。

自分が相手をどう思うか。この視点が大事です。

 

あの世からは「あなたの想い」はお見通しです。


苦難は不幸ではない。

新型コロナの感染が拡大し、出口の見えない毎日にストレスを感じたり、将来に不安を感じたり、猛暑も相まってイライラしたり、逆に無気力になったりと、多くの人が今までにない気持ちを抱えているのではないでしょうか。

 

このような毎日が続くと「何故こんな目に合わなければならないのか」と被害者になったような気持ちになりがちです。

けれども、いつもお話している通り、起きることには必ず意味があります。

 

人は「なにごとも無難が一番」と思いがちですが、人は思い通りにならないことからしか学べません。

思い通りにならないからこそ、自分の未熟さ、足りないところが見えてきます。

カウンセリングを始めた当初から「順風満帆は幸せ、苦難は不幸ではない」ということを大前提としてお伝えしています。

 

以前のブログでも触れましたが、

 

・多くの人は失敗を恐れるあまり、現状維持を好み、変化を良しとしない傾向がある
・「変わる」ことは自分の経験値を上げ、成長するチャンス

 

を常に心に留めておいてください。

このコロナ禍をどう活かすか、と考えた時に、とても大切な学びです。

 

田舎暮らしをしてテレワークで働くのか
毎朝全員が8時半に出勤する意味はあるのか
週5日オフィスに出勤する必要があるのか
毎日残業で終電で帰るような仕事が好きなのか、嫌なのか
かたくなに今の業務形態にこだわっていたが、本当にそれでいいのか
収入優先か、プライベートの充実か

 

コロナ禍で見えてきたのは、仕事も生活も自分次第ということ。
これまでの「与えられた価値観や環境の中で無難であればいい」生き方を捨て、変わらない現状に不平不満を言うだけではなく、自分は何が大切で、どのように生きていきたいのかを自ら選択する。

 

ネガティブな要素だけではなく、そうしたことを考えるきっかけにもなっているのです。


やりたくないことはやらない

新年を迎えると今の自分を見直す機会が増え、

 

「自分には何が本当に向いているのかわからない」
「好きなことが見つからない」

 

という相談をよくいただきます。

 

実は私も大学卒業後、ファッションが好きだったことからアパレル会社に就職し、仕事が生活の中心という毎日を送り、体を壊すこともありました。

そして、ある日、


「こんなことではいけない、すり減っていくだけだ!」 と思い、
「自分に合うこと、生きがいややりがいのあることを見つけて極めていこう」


と転職をすることにしました。

 

そこからは旅行代理店、商社、コスメブランド、webデザイナーなど様々な仕事に携わりましたが、決め手に欠けて器用貧乏になるだけ。

「本当に好きでやりたいことって何なんだろう?」とふたたび迷走し始め、あらためて「何をやりたいかではなく、何をやりたくないか」を書き出すことにしました。

 

その結果、自分が望んでいることが見えてきました。

 

いつも前向きに、ゆるぎない夢に向かって挑戦し続けることは素晴らしいことです。
しかし、そのように明確な夢が誰にでもすぐに見つかるわけではありません。
日々を無難に過ごしていくなかで、自分はどうしたいかがわからなくなってしまうこともあります。


そうした時、発想の転換をしてみてはいかがでしょうか。

 

「好きなこと」と「嫌なことをしない」ことは同義です。
柔軟な発想で、なりたい自分を発見することもできるのです。


聖地

早いもので今年もあとひと月。


多くの方が年の初めに神社仏閣などに詣で今年の目標や誓いをたてられたかと思いますが、
どのような一年をお過ごしになられたでしょうか。

 

最近のパワースポットブームも相まって、
有名で大きなお宮に行ったほうがいいのでは、などと思われがちですが、
誰にとっても一番大切で、最初にお参りしたい”聖地”が「産土(うぶすな)の神様」と「氏神様」です。

 

産土の神様とは自分をこの世に送り出してくださった深いご縁のある、自分が生まれた土地を守る神様。
氏神様は今の自分を守っている、今現在住んでいる土地の神様。

日本全国、必ず一つのお宮がその土地を守られています。

 

私自身も毎月の朔日参りは氏神様にお参りし、毎年伊勢神宮へ詣でる際もまずは氏神様にご挨拶をしてからとなります。

何事も足元から、ですね。

 

また、よく混同されがちなのがスピリチュアルスポットとパワースポットです。
スピリチュアルスポットは神聖な祈りの場で、
パワースポットはまさに大地のパワーを感じるような温泉やハワイや癒しの場のことです。
祈りの場では癒されませんので、正しく使い分けましょう。


家を見て自分を知る

よく『家は精神に影響する』などといわれています。

 

几帳面そうに見えた人の部屋やデスクがごちゃごちゃだったりすると結構ズボラなんだと思ったり、

逆にいい加減な人に見えたけど、整理整頓がきちんとしていて意外だった、というようなことがあるように、

家や部屋を見るとその人の本質を垣間見ることができます。


実際、モノが多い人は心配性で物事の優先順位を決められないことが多いですし、
モノを捨てられずため込む人は過去に囚われやすく、物事にも後ろ向きで変化を嫌う傾向があります。

また、片づけられない、整理整頓が苦手な人は自分の心が整理できない、常に気持ちも取っ散らかっている状態で自分の気持ちを人に伝えることも苦手であることが多いのです。

そしてモノにあふれ散らかった家を見るとさらに落ち込み、考え方も「でも、だって、どうせ」と言い訳が多くなりネガティブになります。

一般的にも、街に落書きが多くなると犯罪が増えるという負の連鎖についてもよく言われていますね。

 

なので、前向きになれない、愚痴っぽい、自分はダメな人間に思える、何をやっても無駄な気がする、イライラする・・・・というような気持でいっぱいの時こそ掃除と片付けが効果的なのです。

 

きれいに片付いた家にいると、不思議と気持ちもポジティブになります。

素敵なお家に招かれたり、旅先のシックなホテルや旅館などで心地よく過ごせることと同じで、「掃除をする、片づける」というこんな単純な作業で驚くほど気分が変わります。

先に触れた落書きもすべて消し、美術学校の生徒さんにきれいな絵に描き換えてもらったことで落書きがなくなり、街の治安が良くなったという話も耳にします。


散らかり放題の状況が平気だったり、心地よくなってしまったり、気持ちが荒れたり、投げやりになったりした時は、波長が下がり本来の自分でなくなっているという証拠です。

 

自分らしい充実した毎日を過ごすためにも、まずは自分の家、部屋を心地よい空間にすることから始めましょう。


肩書≠信用

先週末、宮司が逮捕というNewsが上がってきましたが、宮司といえば会社で例えれば社長です。

神に仕え、多くの人を導くお役目に就くそれもお宮の代表者がまさか、と思われる方がほとんどかと思います。

 

また最近のオレオレ詐欺も集金に来るいわゆる「受け子」と呼ばれる人たちに高齢者が多く、

若者だったらおかしいな?と疑ったけど、自分と同じくらいの年配の人だったためについつい信用してしまったという話もよく耳にするようになりました。

 

”世間的に信頼される職に就いている人だから”

”感じがよい年配者なので信用できそう”


などという

肩書やこの人は感じも良いし、いい人そうだし大丈夫だろうなどという思い込みで人を見誤りやすいことへの警鐘ですね。

 

皆さんはいかがですか?


欲しいものを手に入れるには。

「もっと自分に才能があったら、」
「もっと自分に自信が持てたら、」
「自分もあの人みたいにこうだったら、ああだったら・・・。」

 

はたから見れば多くの可能性や、素晴らしい才能を持っているように思える人からもこういった話をよく聞くことがあります。

 

そんな時に私がいつも思い出すのが、『オズの魔法使い』のお話。

 

家に帰りたいドロシー
知恵が欲しいカカシ
勇気が欲しいライオン
心が欲しいブリキの木こり

 

みんなオズの魔法使いに自分の願いを叶えてもらおうと冒険するのですが、
仲間と一緒に旅する中で、

 

カカシは知恵を絞って困難に立ち向かおうとするようになり
ライオンは勇気を出してドロシーを助け
ブリキの木こりはドロシーの気持ちを想い、涙するのです。

そして終いには願いをかなえてくれるはずのオズの魔法使いはただのマジシャンでしかなく、ドロシーは自分の力で行動を起こし、無事家に帰ることになります。

 

つまり、欲しかったものは最初から自分の中にあったのだけど、気づかなかっただけ。
そしてみんな自信が持てなかっただけなのです。

自分では何もせずただあこがれて、与えてくださいと祈るばかりだった「欲しかったもの」が仲間との冒険という経験を経て、実は初めから自分の中にあったのだと気づく、というお話。

100年以上前に書かれた児童文学ですが、すべての人が忘れがちなことを教えてくれます。

 

「自分には特に優れたものはない」
という方がとても多いのですが、すべての人には前世からの経験があるのですから、何も持っていない人などいません。

「楽をしたい、確実でない行動は起こしたくない、失敗や恥はかきたくない」

と何も行動を起こさず、耳障りのいい言葉に囲まれ、居心地いい場所にばかりいても「気づき」と「成長」はなく、欲しいものは永遠に手に入りません。

 

成果主義になって結果を恐れずにいろいろな人と出会い、いろいろな経験すること。
経験を通じてこそ自分の欲しいものが実は自分の中に既にあったということに気づきます。

そしてその才能をどう活かしていくかを常に考えて、人生を充実させることが大事ですね。

 


自分という素材を活かす

私は30代の前半に語学留学したのですが、その時素敵な大人にたくさん出会いました。

 

ホームステイ先にはジャーナリストのドイツ人男性
同じクラスには看護師をしながら語学を学ぶドイツ人の女性
ガーデナーでありつつもより見聞を広めたいというノルウェー人の女性
アフリカで野生動物の研究をしながら学びを深めに来たセネガル人の男性
闘病しながらもフランス語の教師になりたいスイス人の男性
結婚を意識したパートナーがフランス人で、いずれフランスで仕事に就くために学びに来たデンマーク人の男性

 

クラスメイトのほんの一例ですが10代後半から50代後半まで国籍・性別・年齢も仕事も様々。
どの人からも変わらない人の口癖「でも、だって、どうせ」を全く耳にすることがなく、

何につけうまくいきそうか、成功しそうかなんて結果にばかりとらわれずに、常になりたい自分を目指して、自分の人生を自分のやり方で充実させようとしている人ばかりでした。

 

よく、

したい人、10000人。
始める人、100人。
続ける人、1人。

 

などと言われますが、何につけ続けられる人は人と自分を決して比べず、自分なりの哲学を持ち、周囲の言葉に惑わされなかった結果、なりたい自分を実現するのです。

 

どうしても人は思うように物事が進まない時に、

 

「そんなの無理なんじゃない?」
「もっと確実なことをしたほうがいいんじゃないの?」
「そんなことやっていて結果につながるの?」
「そもそも向いてないんじゃないの?」

 

といった“あなたのために”という変化を良しとしない言葉に自分の才能や可能性を全否定され、心が折れてしまいがちです。

けれども物事がうまく運ばないのは「考えない」からです。


自分は何が好きか、どうなりたいのか、何が向いてるのか全く考えずに、人が輝いている同じ土俵で自分も輝かなければと思っているからです。そのために簡単に人の言葉や情報に惑わされてしまいます。

 

大事なことは誰かや何かに頼るのではなく、視野を広く持ちいろいろなことにチャレンジして自分はどんな土俵に立ちたいのかを発見していく、「行動に移す」ということです。

 

いろいろと不安になるのは自分が重い腰を上げずに、そこから動こうとしないから。

不安を希望に変えるのは自分の行動のみ。
未来を変えるのはだれかではなく自分自身。
自分の行動が世界を変える第一歩なのです。


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